個人的なガラスコレクションで特に気に入ってます。
もう、手元に来てから、ガラス愛も終了しました。ああ、もう充分。
思いは、たまに時を越えて届いたりする。
そういう時は不思議というのと共に、涙になったりもする。
終戦や敗戦という言葉って、なんだか怖い。
経験したくない言葉の1つ。
今もそういう戦火にいる人達がいること。
これから自衛だと言って人を殺めるかもしれないことを、わざわざ発表する国。
自国への不信感。
不満ばかり。やるせない。
そういう感じ、してます。
んでも、私はやっぱり、いろんな意見は、浴びれば浴びるほど、良いと思う。
とても憤慨することもある。
実生活でも、なんか嫌な事って無駄にあるんだけど。
それでも、そういう空気は吸うしかなくて。
つらいけど。
時間はかかるけど。
耐え忍ぶことも必要で。
たくさんの情報や意見を自分の『イメージの道具』で振るいにかけたり、切ったり、分解したりして、考えてる。
脳の道具みたいなイメージのが自分では持っていて、最近、それが錆びてるんだけど、なんとかしなきゃいけん(^^;)
たぶん、『思い』というのは今のようなときでも壊れることはないんじゃないかな。
『何時どこで誰に伝わるのか分からない、希望』というのをたくさんの先人も信じていて。
私も信じています。
昭和の青ガラスに、平和である希望を祈って。